中小企業の事業承継|利益構造を整理してから制度を使う理由
中小企業の事業承継は、制度の勉強から入ると手順が逆になります。補助金・株式・支援制度の前に、先に問うべきことがある──自社の利益構造は、次の経営者が引き継げる形になっているか。
会社という精密機械は、経営者の引退とともに止まるわけではありません。止まるのは、「誰が操縦席に座るか」と「その機械がいくらの値段で引き継がれるか」を決めないまま時間が経過したときです。
帝国データバンクが2026年1月に公表した「全国企業『休廃業・解散』動向調査(2025年実績)」によると、2025年の休廃業・解散件数は6万7,949件。そのうち直前期決算が「黒字」だった企業の割合が49.1%と、調査開始以来初めて5割を下回りました。黒字のまま畳みます。これが今の中小企業の実態です。
中小企業の事業承継を検討している経営者にとって、この数字は他人事ではありません。
先送りが招く静かな損失──数字で見る承継の「今」
中小企業 事業承継の先送りが招くインパクトは、経営者が感じる以上に大きいといえます。
2025年に休廃業・解散した企業によって消失した売上高は約2兆4,909億円、失われた正社員の雇用は約9万3,272人に達する(帝国データバンク、2025年実績)。廃業した会社の経営者の平均年齢は71.5歳、80代以上が24.4%を占めます。後継者を探す間もなく、限界を迎えているケースが少なくありません。
帳簿に残る純資産は多少返ってくるかもしれません。しかし、長年積み上げてきた顧客との関係、職人・スタッフの技術、取引先からの信用──こうした「のれん」は廃業した瞬間にゼロになります。会社の価値の多くはここに宿っているのに、承継の先送りがその価値を消します。
中小企業庁の『2026年版 中小企業白書』は、価格転嫁・成長投資・事業承継によって付加価値額を高めることを、今の中小企業に求められる経営行動として明確に位置づけています。「現状維持が最大のリスク」という整理は、事業承継の先送りを暗に指してもいます。
自社株評価の構造──粗利率が承継価格を左右する理由
中小企業 事業承継で、多くの経営者が最初に直面するのが「自社の株式をいくらで引き継ぐか」という問いです。
未上場企業の株価は主に2つの方式で算定されます。
純資産価額方式は、会社の資産から負債を引いた純資産をベースにします。会社を解体したときの残余財産に近い考え方です。類似業種比準方式は、上場している同業他社と比較して「配当・利益・純資産」の3要素から評価します。このうち利益の比重が大きく、稼ぐ力が株価を直接左右します。
ここで一つの数値例を示します。売上高3億円の製造業を想定した場合の試算です。
- 現状(粗利率30%):粗利9,000万円、固定費8,000万円、営業利益1,000万円
- 改善後(粗利率35%):粗利1億500万円、固定費8,000万円(据え置き)、営業利益2,500万円
粗利率が5%改善すると、固定費が変わらなければ営業利益は2.5倍になります。類似業種比準方式では「1株あたりの利益金額」が評価額を大きく動かすため、この改善によって自社株の評価額は急激に上昇します。

これがジレンマを生みます。利益構造を磨き上げてから株式を移転しようとすると、後継者が支払う買取代金や贈与税・相続税が膨らみます。「稼ぐ力をつけてから渡す」は理にかなっているように見えて、税務の観点では逆効果になりやすくなります。
経営者が確認すべきなのは時間軸の戦略です。「株価を引き下げる対策を打った後の底値のタイミングで株式の移転を済ませられないか」という問いを、今の段階で税理士と話しておくかどうかが、後継者への負担を大きく変えます。
中小企業 事業承継の支援制度・補助金──制度は手順を踏んでから使う
国の支援制度は整っています。ただし、利益構造と自社株評価の整理が先で、制度はその後に使う道具です。
事業承継税制(特例措置)は、後継者が取得する非上場株式にかかる贈与税・相続税の納税を実質ゼロにする制度です。この特例を適用するために必要な「特例承継計画」の提出期限は、令和9年(2027年)9月30日まで延長されています。猶予期間は伸びたが、後継者の選定や計画策定を含めると、実質的な準備時間は今が最終ラインに近づいています。
経営承継円滑化法は、株式の承継後に他の親族から遺留分を請求されて会社が分解するリスクを防ぐための法的な仕組みを提供しています。株主の整理が終わっていない会社では、このリスクを先に潰す必要があります。
事業承継・M&A補助金は、M&Aの仲介手数料や親族・従業員への承継後の設備投資などを支援するスキームです。M&A時の仲介費用は取引規模に応じて最低報酬として300万〜2,000万円程度が設定されるケースが多く、小規模案件ほど手数料の比重が重くなります。この負担を補助金で軽減できるかどうかは、承継のタイムラインと公募スケジュールの合致次第です。

制度は「利益構造の整理 → 自社株評価の確認 → 支援制度・補助金の選別 → 移行計画の実行」という順序で使うものです。補助金の申請はStep 3以降に来ます。
承継前に自社へ問い直す3つの視点
中小企業 事業承継の手法は親族・従業員・M&Aの3つに大別されるが、どれを選ぶかより先に、自社の現在地を確認する問いが必要です。
視点1:自社の株式を今評価したらいくらになるか。それを引き継ぐための現金を、誰がどうやって用意するか
株価算定を税理士に依頼したことのない経営者は少なくありません。試算してみると、「思ったより高い」というケースが珍しくありません。高く評価される株式は後継者の資金調達を困難にします。先に株価を下げる対策(役員退職金の支給・不良資産の処理など)を打ってから移転するか、事業承継税制を使って税負担を猶予するか。選択肢を持つためにも、まず現状の数字を把握することが先です。
視点2:人を切らずに粗利率を3%改善するとしたら、明日から見直せる価格設定や固定費はどこにあるか
従業員をリストラして固定費を下げるのは、会社という精密機械の歯車を外すことに等しいといえます。採用難の時代に一度失った人材は戻りません。粗利率を上げるなら、赤字取引先への価格転嫁・採算の合わない案件の撤退・空いたリソースの高粗利業務への再配置から入るほうが持続可能です。「どの取引先への価格転嫁が現実的か」という問いは、今期の損益から始められます。
視点3:事業承継税制の申請期限(2027年9月)や補助金の公募スケジュールは、自社の3〜5年後の承継計画に間に合っているか
後継者の育成には最低でも3〜5年かかります。法務(名義株の買い集め・定款整備)、税務(株価の引き下げ・贈与の実行)、組織(権限移譲・幹部チームの育成)の3軸は同時並行で進める必要があり、どれか一つが遅れると別の軸も動けなくなります。制度の期限から逆算して、今のタイミングで何に着手すべきかを確認することが出発点です。

中小企業 事業承継の問いに向き合う手がかりとして、以下の記事もあわせてご覧ください。
➡️ 返済と賃上げが重なる2026年秋。今打てる3つの手(note・無料)
➡️ 10社中7社がコスト増、中小企業が守るべき利益の急所(note・無料)
まとめ──事業承継は「出口」ではなく「利益の再設計」として考える
「いつか考えよう」という先送りが、会社の選択肢を静かに狭めていきます。黒字のまま廃業する中小企業が2025年に約3万4,000社(休廃業・解散件数の約49%)に達したという事実は、「余力のある今こそ準備を始める」理由を示しています。
中小企業 事業承継の順序はシンプルです。まず利益構造を整理し、自社株の現在価値を把握し、それから制度・補助金の選択肢に進みます。補助金や税制の手続きはその先の話です。
承継は経営の「出口」ではありません。会社という精密機械を、次の稼働サイクルに向けて再設計する機会です。その設計図を描くためには、今の財務と組織の現在地を正確に読む作業から始まります。
自社の現状を整理したい、あるいは承継の時間軸を専門家と一緒に確認したいという場合は、個別相談からお声がけください。
参考資料
- 中小企業庁:2026年版 中小企業白書
- 帝国データバンク:全国企業「休廃業・解散」動向調査(2025年)
- 国税庁:事業承継税制について
- 中小企業庁:経営承継円滑化法
- 事業承継・M&A補助金:公式サイト